This is for Boston


クリーブランド・キャバリアーズへトレードされた Isaiah Thomas がボストンへ向けて書いた手紙の一部を紹介。

原文:The Players Tribune

ボストン・セルティックスにトレードでやってきたオレはあのとき、その意味を理解していた。求められている役割はこれまでと同じ。ときどきポイントガードもこなす点取り屋、ベンチからの即席な得点、6thマン。4年で3チーム目だ。フランチャイズプレイヤーや正規ポイントガードへの昇進ではない。リーグ全体がそう見なしているわけではないけれど、オレはわかっていた。

実際、セルティックスのファンもそう理解していたはずだ。チーム再建の一部に過ぎず、プレイオフはまだ先の話だと。ありきたりなシーズンになるはずだった。トレードの資産や若くて安い選手を集め、そして負けまくる。

少なくとも、周りの人間はすべてそう思っていた。

それこそがボストンという街に馴染めた理由であり、通じ合えた理由だろう。オレが人生で取り組んできたのは最高なバスケと勝利。でも突然、プロとしてベンチからの出場を命じられている。オレが期待できるのはせいぜい、再建チームの点取り屋。これはセルティックスにも通じる。勝利を重ねた古豪がドラフトに頼る再建チームだと決めつけられていた。それでも、オレたち全員が同じ想いだった。勝ちたい、今すぐに。レッテルに耳を貸す者はいなかった。ドラフトなんてクソだと。

その気持ちが特別なものへとつながったのだろう。専門家たちはデータにとらわれ、わかった気になっている。でも、彼らはオレのことを理解しておらず、ファンや選手、コーチが築く勝利の文化も理解していない。ここにはそれがあった。オレのことを軽視したりしない初めての土地であり、組織であり、ファンの集まりだ。身長のことも気にしない。平等な扱いだ。ボストン・セルティックスはオレに、偉大となるためのチャンスを与えてくれた。オレはそのことを決して忘れない。

人々が昨プレイオフのことを聞きたがる理由はそれだろう。妹の Chyna が他界した直後に出場したシカゴ・ブルズ戦のことだ。おかしなことに、当初の出場理由は最終的な感情と少し違っていた。バスケへの価値観からプレイしようと決めた。オレとバスケは何が起ころうと切り離せない。コートに立てば元気になれる。楽しいときも苦しいときも、オレにとってバスケはそういう存在だ。人生の荒波からオレを守ってくれる存在。

あの晩、アリーナに到着したとき、『問題ない。この場所が必要だ。オレを守ってくれる。忘れさせてくれる』と思った。でも、コートに立ってみると。よくある出来事だ。うまく説明できない。あのときの歓声が今でも聞こえてくる。「 THIS IS FOR CHYNA 」や「 WE LOVE ISAIAH 」と書かれたサインボードが今でも見える。会場のファンが妹のために黙祷してくれた。その瞬間、はっきりとわかった。オレのことを守ってくれるバスケは必要ないのだと。悲しみから目をそらす必要もない。ひとりで耐える必要もない。会場全体がオレの味方だった。いや、ボストンの街全体がオレの味方だった。

それと同時に実感した。もちろん、オレはプレイしなければならない。まずは妹のため、家族のために。でも、街のためでもあった。彼らの存在はまさにオレが必要とするものだった。ひとりではないということ。痛みを共有してくれた。オレも街の一員であること、仲間であること。

2年半。オレたちはいつも仲間だった。


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